故郷での偶然

2020/2/16/6:35

さて、10月26日、新潟県村上市の温泉ホテルの宴会場。高校卒業以来に再会する連中がたくさんいるというのに「鬼」と呼ばれる私は意気消沈していた。
理由はただひとつ。同じ小学校、中学校、高校を卒業した友人Yがいなかったからだ。Yは東京の大学を卒業後、家業を継いでいた。私は故郷とは疎遠だったが、Yだけは別だった。それほど仲が良かったという記憶はないのだが、どういうわけか頼りになるやつで(人望というものか)、私にとっては故郷との唯一のパイプになる存在だった。
同窓会でやはり同じ小学校、中学校、高校を卒業したSに「なんでYは出席しないのか?」と聞いたところ、「仕事のことでいろいろ…」という返事。しかし、Sは「おまえが誘ったら二次会には来るかも」と言うので、早速、Yに連絡した。そして、同窓会を途中で抜け出し、Yと居酒屋で落ち合うことになった。
私がYと会いたかったのは、この大林プロジェクトを始めるのに背中を押してもらいたかったためだった。若い頃ならともかく、このプロジェクトを還暦前のフリーランスの編集者がやるのは少々無謀。周囲に相談しても「馬鹿じゃね」と言われるのがおちだ。それを「おめえ、おもしろいこと考えてるじゃね。やれよ!」と言ってくれるとしたら、Yしかいないような気がしていた。
Yが指定してきた市内の居酒屋でYと久しぶりに対面した。近況を話し合い、Sの言った「仕事のことでいろいろ…」の事情はわかった。こちらの近況には「おめえ、これから(その年齢で)それをやるか」と驚いた様子だった。だが、そこから思わぬ展開となる。
大林プロジェクトの目的は書籍『キネマの玉手箱』の出版だ。われわれのNPOは図書館の利用促進を目的として活動してきた。だから、この本は図書館に買ってもらいたい。それには図書館に本を流通させているTRC図書館流通センターと取引するのが最も効果的だ。
Yが驚くべきことを言う。
「この店の主人の兄貴はTRCのお偉いさんだぜ。そうそう、そういえば、おめえがいたバレー部の先輩じゃねぇ」
さらに驚いたことに、Yの依頼で店の主人が嫌な顔もせず、その場でお兄さんに電話。TRCのお偉いさんであり、部活動の先輩と何十年ぶりかに電話で話すことになり、メールアドレスも教えたもらった。東京に戻ったら会ってもらえることにも…。
大林プロジェクトの肝のひとつがTRCであった。どのようにアプローチを仕掛けていいものか思案していたのだ。それがYとの再会で一気に事が運んだ。う~ん、こんな偶然があっていいのか!?
その後、Yを誘い出し、同窓会の二次会へ。地元に根を下ろして生きてきたYの登場に同窓生たちは拍手喝采、大いに盛り上がった(おいおい、Yを連れ出してきたのは故郷とは疎遠にしていたオレなんだけど…。ま、いっか)。
そのあと、TRCのお偉いさんの弟の店に戻り、YとSら数人の仲間とで三次会をすることになった。しかし、その場の雰囲気で、なんと20人以上が三次会になだれ込み乱痴気騒ぎの一夜となったのである。

大林宣彦氏プロフィール

1938年1月9日、広島県尾道市生まれ。映画作家。自主製作映画の先駆者としてCMディレクター、映画監督として活躍、“映像の魔術師”と称されている。1977年に『HOUSE/ハウス』で商業映画に進出。代表作は『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の“尾道三部作”、『この空の花―長岡花火物語』『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』の“大林的戦争三部作”など多数。2004年に紫綬褒章を受章、2009年に旭日小授章を受章、2019年の文化功労者に選ばれている。2016年8月に肺癌が判明、ステージ4まで進行しており「余命6カ月」、のちに「余命3カ月」と宣告されるが、抗癌剤治療が奏効し、現在は「余命は未定」。2020年4月に最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』が公開。

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