そこに“覚悟”はあるのか!

2020/2/19/5:59

新潟から戻った翌日、早速TRC図書館流通センターのS氏にメールを送った。お会いして大林プロジェクトの説明をしたいと。S氏は承諾。しかも、10月30日。新潟を訪れてからわずか4日後だ。この迅速な流れは、まさに吉兆と意気も上がる。
NPOの理事長である「人たらし」を伴い、TRCへ。S氏は仕入部のI部長とともに迎えてくれた。
村上市の居酒屋では「S氏はTRCのお偉いさん」だと聞いていたが、名刺交換をして仰天した。「お偉いさん」であるのは間違いないが、トップクラスではないか。本来ならすんなり会えるはずのない人だ。
まずは故郷の話でつかみを…。中学時代のバレー部の後輩であることを告げるが、忘れ去られていた(それはそうだろう。中学時代のクラブやサークルでは先輩のことは覚えているものだが、後輩のことはそうでもない。私自身、中学時代のバレー部の後輩などほとんど記憶に残っていないのだから)。それでも顧問だった先生や私が覚えている先輩の話などしながら、その場の雰囲気が和らいだところで、大林プロジェクトの概要を説明。流通に関しては素人であるわれわれのために、S氏はホワイトボードに図解しながら、そのシステムをレクチャーしてくれた(なんて優しい人なんだ)。
本ができたら扱ってくれると言ってくれた(本当に優しい先輩だ)。
最後にずっと気になっていたことを聞いてみた。「NPO法人で本を出すというのはどうなんでしょうか?」
I部長が「本を出しているNPOはあり…」と答えようとするのをS氏がさえぎる。
「僕は反対だ。K君(私)、キミに本を出す覚悟はあるのか?」
「覚悟…?」
「今やっている仕事を続けながら、片手間に本を出そうとしているんじゃないか」
優しかった先輩が豹変した。
「いえ…今の仕事は辞めようと思っています」
「だったら、NPOなんていかがわしい組織で本を出しちゃダメだ。これからちゃんと出版業をやっていくのなら、その業界で認められる法人であるべきだ」
痛いところを突かれた。ぐうの音も出ない。実のところ、このことがずっと気になっていたのだ。
しかし、まあ、本を扱ってもらえることにはなった。ひとまず退散だ。
TRCを辞去してから、喜びと落胆がないまぜになった複雑な心境にとらわれていた。それは「人たらし」も同じだった。「やっぱりやるしかないか」という「鬼」の言葉に「人たらし」はうなずく。「“覚悟”と言われちゃったらね。やるしかないね」
ここから大林プロジェクトとは別の出版社起業プロジェクトがスタートするのである。

後日、S氏からメールをいただいた。「先輩風吹かしてエラそうなことを言ったのは、これまでたくさんの失敗例を見てるからです」と。S氏はやっぱり優しい先輩だった。

大林宣彦氏プロフィール

1938年1月9日、広島県尾道市生まれ。映画作家。自主製作映画の先駆者としてCMディレクター、映画監督として活躍、“映像の魔術師”と称されている。1977年に『HOUSE/ハウス』で商業映画に進出。代表作は『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の“尾道三部作”、『この空の花―長岡花火物語』『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』の“大林的戦争三部作”など多数。2004年に紫綬褒章を受章、2009年に旭日小授章を受章、2019年の文化功労者に選ばれている。2016年8月に肺癌が判明、ステージ4まで進行しており「余命6カ月」、のちに「余命3カ月」と宣告されるが、抗癌剤治療が奏効し、現在は「余命は未定」。2020年4月に最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』が公開。

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