人生のリスタート

2020/2/26/9:00

ひとまず大林宣彦監督のメッセージ集をつくるプロジェクトは「人たらし」と「年貢に苦しむ百姓」に任せることにして、こちらは出版社起業の計画に取りかかることにした。
余談だが、「人たらし」は出版社起業には乗り気であった。その理由に呆れてしまった。
われわれが運営するNPO法人夢ラボ・図書館ネットワークの所轄は東京都だ。夢ラボを起ち上げた際、東京都在住の「人たらし」のところが拠点となったため、神奈川県民の「鬼」は理事長職も「人たらし」に押し付けた。今度は株式会社の設立だ。社長がどこに住んでいようがまったく支障はない。「人たらし」には理事長職を押し付けた負い目があるため、つい「社長はオレがやろうか」と口走ってしまった。そうしたら「人たらし」は喜々とする。「人たらし」の魂胆はこうだった――夢ラボは新しい会社に移行する。これで面倒くさい理事長職とおさらばできる、と。
そんな「人たらし」の腹積もりを見破った「鬼」は「人たらし」にあえて宣言した。「夢ラボは解散しないから。たしかにNPOはいかがわしいという側面はあるけれど、本当に社会貢献のために活動しているところもある。新しい出版社を起ち上げるといっても、現状ではうちらしさというものが皆無だ。だから、うちは社会貢献のために活動しているNPOが企画した本をつくり、それを売っていくということで活路を見いだしたい。当面、企画は夢ラボ、発行は新会社でやっていくから」
思惑は瓦解したものの、「それはそうか」と「人たらし」は納得したようであった。
実は、まだ決断できないでいたのは自分自身だった。決心を鈍らせていたのは父親のせいであった。70年代後半の“鉄冷え”という鉄鋼不況で父親は経営していた三つの会社が倒産に追い込まれた。その後、すぐに父親は他界した。そのことで「会社経営だけはしない」が人生の教訓になったのだ。折しも出版不況の最中である。父親と同じ轍を踏むのか? 悩みに悩んだ挙句、いきついたのがやはり大林監督の存在であった。テレビの普及で60年代後半から斜陽化した映画界にあって独自のやり方で活路を切り拓いてきた大林監督。「余命半年」を宣告されながらも癌と闘い続けてきた不撓の精神には頭が下がるばかりだ。来年(2020年)は「鬼」は還暦を迎える。昔なら隠遁生活を始める年齢である。だが、発想の転換だ。隠遁生活ではなく人生のリスタートと考えれば…。
そうしたら新たな活力が湧いてきた。大林プロジェクトを発想して以来、その実現に向けて運命の糸が紡がれていくような不思議な出来事が続いた。「年貢に苦しむ百姓」が書き起こした原稿に「一期一会というけれど、すべて偶然ではない。必然の産物だと思わずにはいれれない」という一文があった。これも必然なのか。「鬼」は新会社の代表取締役に就く決心をした。

大林宣彦氏プロフィール

1938年1月9日、広島県尾道市生まれ。映画作家。自主製作映画の先駆者としてCMディレクター、映画監督として活躍、“映像の魔術師”と称されている。1977年に『HOUSE/ハウス』で商業映画に進出。代表作は『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の“尾道三部作”、『この空の花―長岡花火物語』『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』の“大林的戦争三部作”など多数。2004年に紫綬褒章を受章、2009年に旭日小授章を受章、2019年の文化功労者に選ばれている。2016年8月に肺癌が判明、ステージ4まで進行しており「余命6カ月」、のちに「余命3カ月」と宣告されるが、抗癌剤治療が奏効し、現在は「余命は未定」。2020年4月に最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』が公開。

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