偶然が偶然を呼んでたどり着いた必然

2020/2/28/15:55

思えば鬼さんとの出会いはかれこれ25年くらい前に遡る。最初にあったときは、私こと、年貢に苦しむ百姓がまだうら若き女子大生だった。東京から北海道釧路に向かうフェリーの船上で、私は偶然鬼さんと出会った。しかし、これも必然だったのだと、25年経ってしみじみと感じている。大学生活を謳歌していた私が、四半世紀経って鬼さんと書籍を出すことになろうとは、誰が想像しただろう。
大学を卒業して出版社に入ると、これまた偶然なのだが鬼さんは私の教育係になった。鬼さんは編集のへの字もわからない私を一から指導してくれた。紆余曲折ありながらも熱心な指導のおかげで編集執筆のスキルを身につけた私は、その後さまざまな紙媒体を経てフリーライターとなり、腐れ縁となっていた鬼さんに導かれて某雑誌で大林宣彦監督のコラム担当となった。そして、大林監督の事務所にほぼ月一で通って取材を繰り返すこと3年。これまでの大林監督の言葉をまとめて一冊の本にしないかと誘われた。話を持ちかけてきたのは、鬼さんである。偶然が偶然を呼んでたどり着いた必然。そのかたちが「キネマの玉手箱」である。

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