目から鱗

出版社を起業する。長年、出版界で生きてきたが、その発想は皆無であった。せいぜいが編集プロダクションをやろうかという程度で、実際、フリーランスに戻ってから(20代はフリーで記者をやっていたのだが30代で定職に就き、40代の半ばでその会社を辞めている)、個人事業主となったのだが、それは編プロをやるための布石でもあったのだ。
なぜ、出版社を起業する発想がなかったのかというと、「鬼」は編集畑一筋で本の流通に関しての知識がまったくなかったからである。せいぜいが本は書店で買うもの、書店に本を卸しているのトーハンや日販のような取次会社だという程度のもの。ところが大手取次会社は新規の取引にはなかなか応じない。書店に本を卸せないのであれば、出版社という事業を継続していくのは難しい。出版界というマーケットは大手取次と老舗の出版社による寡占状態だという認識が出版社を起業するという発想を鈍らせていたのだ。
この流通システムに日本の出版事業は守られてきた。編集者としての「鬼」も長年、その恩恵に与ってきた。しかし、初めて自分で起業すると発想した時点で、新規参入の難しさを感じ、この流通システムこそが“出版不況”の元凶であるように思えるようになったのである。新規参入がなければマーケットは縮小していくばかりだ。
そこで調べてみた。本を出すためのコード(ISBN、JAN)は個人でも取得できる。やはりネックとなるのは本の流通だ。そこで発想を転換してみた。最初から大手取次を頼らなかったら…。
そういえば、バブル期に出た人気女優のヌード集がバカ売れしたことがあった。だが、実情は違う。テレビや雑誌のあおりもあり、売れると見込んだ書店や取次の要望で、その版元は版を重ねた。取次からはその都度、入金がある。しかし、数カ月後、返品が殺到した。その分のお金は戻さなければならない。結局、そのヌード集は赤字になってしまった。書店や取次は返品についてのリスクは負わない。大量印刷で泣きをみるのは版元だけなのだ。取次頼みでは、せっかく設立した会社もあっという間に存亡の危機に陥る。本の需要を見極め、適正な数を刷り、それを売り切ることが重要なのだ。
われわれはNPO法人として図書館めぐりをしてきた。販売先を図書館に絞り込むとする。全国の公共図書館の数は約3,300館。これは大きなマーケットだ。
いろいろ調べるための資料として本を購入した。そこでハタと気がつく。ほしい本は書店ではなくネット注文しているではないか。編集業を生業としていながら間抜けな話だが、本の流通システムは大きく変化していたことにようやく気がつく。まさに目から鱗。
そして、『小さな出版社のつくり方』(猿江商會)という本と出合うことになる。

大林宣彦氏プロフィール

1938年1月9日、広島県尾道市生まれ。映画作家。自主製作映画の先駆者としてCMディレクター、映画監督として活躍、“映像の魔術師”と称されている。1977年に『HOUSE/ハウス』で商業映画に進出。代表作は『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の“尾道三部作”、『この空の花―長岡花火物語』『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』の“大林的戦争三部作”など多数。2004年に紫綬褒章を受章、2009年に旭日小授章を受章、2019年の文化功労者に選ばれている。2016年8月に肺癌が判明、ステージ4まで進行しており「余命6カ月」、のちに「余命3カ月」と宣告されるが、抗癌剤治療が奏効し、現在は「余命は未定」。2020年4月に最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』が公開。

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