翔んで尾道 その5

2020/3/1/5:58

尾道の茶房こもんは、千光寺山ロープウェイ乗り場の目の前にある老舗の喫茶店。創業当初から提供するワッフルが名物で、恭子プロデューサーも太鼓判を押す逸品だ。
なるほどメニューを見ると、定番のものから季節のフルーツをあしらったものまでバラエティーに富んでいた。しかし、ワッフルを食すのは後回し。まずは取材が先である。
尾道新聞の幾野さんと落ち合うと、まずは大林監督ゆかりの地や映画のロケ地などを回ろうということになり、大谷さんの案内で目的地へ繰り出すことに。
大林監督は、映画製作会社に所属したことがなく、自主製作の作品からキャリアをスタートしている。これまで手がけてきた映画は、大手配給会社と手を組んだものもあるが、監督の作品製作意図だとか、監督自身の歩みに賛同した人たちの協力によってできあがった自主製作に近いものも多い。そんな監督の映画の中には、古里映画とよばれるものがあり、芦別や長岡、臼杵といった、地方のまちを舞台とした作品がある。それらは地元の方たちの協力なくしてはできなかった作品で、撮影の際に協力してくださった方はそのまま大林監督の映画製作集団、通称大林組に自動的に入っている。
もちろん、「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」とよばれる尾道三部作を作った尾道にも大林組のスタッフがおり、大谷さんは茶房こもんのオーナーでありながら、大林組の尾道支所長とも言える人なのである。長年監督のリクエストにノーを言わず、課題をクリアしてきた大谷さんにしてみれば、我々のような来訪者のリクエスト(しかも恭子プロデューサーの口添えもある)なんて大したことないのだろう。あの映画の撮影地はあっち、この映画の撮影地はこっち、と効率的にさまざまな場所へ誘ってくださった。
都市開発も進む一方で昔の面影をそのままに残す区画もある尾道は、今と昔を行ったり来たりできるまちだなぁと実感。監督の作品が生まれた背景から監督ご自身の性分まで、この尾道の影響は計り知れないと体感し、尾道で生まれ育った大林少年が映画人となっていった必然性も感じながらの旅となった。

まだまだつづく

茶房こもん

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