翔んで尾道 その8

2020/3/3/6:06

大林監督の資料を一通り拝見して待望のワッフルを食し(噂通り、とっても美味しかった)、日帰りの鬼さんと茶房こもんで別れを告げると、人たらしさんと私はロープウェイで千光寺山頂へ。空は雲に覆われていたために、沈む夕日は拝めなかったのだが、時折雲の隙間からは光が差し、尾道市街と尾道水道、そして瀬戸内海特有の連なる小島を照らしていた。海を望みながら風に吹かれ、私は人たらしさんとしばらく静寂の時を楽しみつつ、私は大林監督との約3年にわたるお付き合いを思い返していた。
肺癌ステージ4、余命半年宣告からも精力的に厭戦映画をつくりつづけている大林監督は、映画製作にどんなに忙しくても、「古い映画を観て学ぶべきだ」という思いから、昔の映画を紹介する衛生劇場の「いつか見た映画館」の収録には時間をとり、番組に絡めたコラムのための我々のインタビューにも快く応えてくださっていた。時には体調がすぐれないこともあったと思うが、我々の問いかけにいつも真摯に応えて力強いメッセージを寄せてくださっていた。
監督は、いつも何事に対しても必死に向き合っているのだ。そんな監督から受け取った言葉を、我々も必死になって伝えなければならない。
大林監督のルーツを探るべく訪ねた尾道で、メッセージ集製作に対する使命感を再認識したのだった。

つづく

ロープウェイから眺望した尾道市街と尾道水道

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