出版界を立て直す原動力

2020/3/6/6:59

あまり過去のことは語りたくないのだが、高校をなんとか卒業して新潟から上京した「鬼」は新聞配達と出版社でアルバイトをしながら大学を卒業した。その出版社でのアルバイトが卒業後は公務員か手堅い会社に就職しようと思っていた「鬼」の価値観を粉砕してしまったのだ。フリーライターを名乗り、芸能関係の仕事に着手。まだ20代前半の若造だというのに、月に100万円くらいの報酬があったときもある。
なにを言いたいかというと「鬼」は出版社でのバイト代で大学を卒業できたし、卒業後も出版の世界で稼がせてもらったということだ。「鬼」が20代前半といえば1980年代である。このときの出版業界は右肩上がりの成長を遂げていた。出版市場のピークは1996年(2兆6,563億円)。「鬼」はライター、編集者として好況に沸く出版業界に育てられたようなものである。
しかし、それ以降、出版市場は低迷の一途を辿っていく。2018年の市場規模は1兆5,400億円。1兆円の縮小なんてことはまったくイメージできないのだが、すごいことになっていることだけはわかる。「鬼」が関わった雑誌のいくつかは休刊になっているし、廃業したライターやデザイナー、カメラマンもいる。倒産した写植会社や印刷会社もいくつもある。
こんな時代に出版社を起業するなんて愚の骨頂と思われても仕方がないと思う。だが、若い頃、出版業界の恩恵に与った身としては、このままなにもせずに“出版不況”を眺めているわけにはいかないという気持ちもある。
『小さな出版社のつくり方』を読んで驚いたのは、意外と若い人たちが出版社を起業していることだった。彼らの多くは出版市場が低迷を始めた頃に出版の仕事に就いているのだが、市場の動向を見極める視点が柔軟なのである。「鬼」のように出版社をやるのなら、まず最初に取次に口座を開かなくてはならないという固定観念がないのだ。『小さな出版社のつくり方』に出てくる“小さな出版社”の多くはトーハンや日版など大手取次との取引が最優先ではなく、独自のアイデアで流通ルートをつくろうとしている。
若い頃は年上の、それこそ団塊世代の方に仕事を教わった。原稿は何度も破られゴミ箱に捨てられながら書き直したし、タイトルのつけ方ひとつで徹夜することもあった。「なんや、この原稿は! ドアホ!!」と何度怒鳴られたことか。二晩貫徹78時間不眠不休で取材と原稿書きをこなしたこともある。武田金八先生に「寝ないで、朝飯もちゃんととらないでいては、いい仕事はできません!」と一喝されてこともあった。しかし、自分自身は取材することや、書くことが好きだから、この仕事を辞めようと思ったことはない。だから、厳しかった先輩には今になってみれば感謝している。
しかしながら、「鬼」は自分より下の世代に厳しい指導をしたことがない。いちいち取材の仕方を教えるのが面倒だし、ダメな原稿はこっちで書き直した方が効率的だからだった。どこか見下していた下の世代であったが、今はその世代が出版界を立て直す原動力となっていた。
若い頃は先輩の教えに盲目的に従ってきたが、これからは独創力のある若い人たちを手本にやっていこうと思う。

大林宣彦氏プロフィール

1938年1月9日、広島県尾道市生まれ。映画作家。自主製作映画の先駆者としてCMディレクター、映画監督として活躍、“映像の魔術師”と称されている。1977年に『HOUSE/ハウス』で商業映画に進出。代表作は『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の“尾道三部作”、『この空の花―長岡花火物語』『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』の“大林的戦争三部作”など多数。2004年に紫綬褒章を受章、2009年に旭日小授章を受章、2019年の文化功労者に選ばれている。2016年8月に肺癌が判明、ステージ4まで進行しており「余命6カ月」、のちに「余命3カ月」と宣告されるが、抗癌剤治療が奏効し、現在は「余命は未定」。2020年4月に最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』が公開。

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