悔し涙と嬉し涙と

2020/3/25/6:34

「年貢に苦しむ百姓」が泣きながら原稿を書き終えたあと、私も悔し涙と嬉し涙があふれた出来事を体験していた。
それは『キネマの玉手箱』の「あとがき」を誰に書いてもらうか、である。本来なら大林宣彦監督自身に書いていただくのが、最善なのだが、なにせ大林監督は昨年12月の東京国際映画祭を皮切りに多忙を極めていた。体調が心配されるなか、「書いてください」というのもためらわれた。そこで考えたのが「あとがき」ではなく「あとがきにかえて」だった。これなら大林監督の手を煩わせることもない。そして、その「あとがきにかえて」は、かくたる人物からの『キネマの玉手箱』の推薦文にもなるのだ。
しかし、その「かくたる人物」というのは誰なのか? 実は私の中では既に決まっていた。それはY監督。Y監督といえば日本の映画界では知らない人はいない、巨匠中の巨匠である。私はY監督の出身会社であるS社を通じてコンタクトを取り始めた。しかし、こういうことはタイミングが大事だった。数回、打診している間に、次の映画の製作が始まってしまい時期を逸してしまった。私は悔し涙を流してY監督を諦めることにした。
さて、Y監督以外なら誰に? 鬼が言う。「この本に出てくる人だと、Y監督以外なら小津安二郎か黒澤明か、淀川長治じゃね」。バカか、みんな亡くなっている。
百姓が言う。「常盤貴子さんがいいんじゃない。大林家の庭掃除をしてくれる関係だし」。それはあるかもしれないけど、だったら原田知世さんも検討したい。
結局、3人で話し合った結論は、是枝裕和監督だった。カンヌ国際映画祭で『万引き家族』がパルム・ドールを受賞。今の日本映画界を牽引する映画監督だ。『キネマの玉手箱』でも大林監督が“息子”と称するほどの人である。
そうと決まれば、あとは交渉するのみ。ところがなかなか窓口が見つからない。ようやく発見したホームページから「あとがきにかえて」の執筆を依頼。『キネマの玉手箱』の企画や、大林監督が是枝監督に期待を寄せているという点を熱意をもって伝えてはみるが、インターネットを通してなので、うまく伝えられたかどうかは定かではなかった。
時間だけが刻々と過ぎていき、“歩いても歩いても”ではなく、待てども待てども送ったメールの返事が来ない。ここで諦めたら鬼や百姓に申し訳が立たない。さらに重ねて依頼のメールを送り続けた。すると突然、深夜に返信メールが届いた。心を落ち着かせてメールを開いて見ると、丁寧なお断りの言葉だった。やはりY監督と同様、是枝監督もご多忙の身である。受けたい気持ちもありながら、置かれている現状を鑑みてのことであるということがメールの文面から汲み取れた。ずっしりと落ち込みながら、次のターゲットを見つけよう心に決め、その晩は床に就いた。
翌朝、目が覚めたら不意にこう思った。このままでは人たらしがすたる。もう1回だけトライしてみよう、と。そしてパソコンに向かうと、なんと是枝監督サイドからメールが届いていたのだ。内容は「本の内容が気になって仕方がないので、原稿を読んでみてから判断したい」というものであった。
早急に原稿を送り、改めて是枝監督からの返事を待つことに。しかし、私も鬼も「あの原稿を読んでしまったら受けるに違いない。いや、断れない」と考えていた。案の定、是枝監督は“大林マジック”にかかってしまう。「あとがきにかえて」を快諾。私も感無量の涙を流したのである。

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