やすらぎロス

2020/3/29/9:48

余話閑談。
ここ数カ月、テレビをまともに見る暇がなかったのだが、それでも唯一見続けてきたドラマがあった。それは「やすらぎの刻~道」だ。
理由は某雑誌で連載していた倉本聰先生のコラムを私が担当していたからだ。「鬼」と呼ばれる私だが、倉本先生に比べれば塵芥のようなもの。なにせ、地雷がどこにあるのかわからないので、お会いするたびに、ものすごく緊張した。幸い倉本先生の逆鱗にふれることは私はなかったが、怒りをあらわにした瞬間は目撃している。しかし、それにしても先生の道理がかなっていたので理不尽さはまったくなかった。
「やすらぎの刻~道」の話をうかがったのは1年以上前だろうか。まだ、放送が始まる前だったが、倉本先生から「最後は老いた主人公たちが手をつないで道を帰っていく」と聞いた。そのときのイメージは都会で暮らすようになった老夫婦が手をつないで故郷に帰っていくのだろうというものだった。
しかし、「道」の完結を見て、驚いた。帰っていく先は故郷ではなく、あの世?
生まれる前の世界に帰っていくということなのだろうか。その道が舗装もされていない径だったことも印象的であった。
橋爪功が演じる公平のセリフが良かった。「農家は広げちゃいかんのよ。一家が食えればそれでいい」「儲けようとか考えてはいけない、小さく生きていればいい、高望みなどしなければいい、農業はもともと商業とは違う」
ふと「北の国から」の黒板五郎(田中邦衛)の遺言が思い浮かんだ。「ここには何もないが、自然だけはある。自然はお前らを死なない程度には十分、食わしてくれる」
内容はまったく異なるのだが、根底にあるものは同じではないか。要は「慎ましく生きろ」ということで、その謙虚さの中に本物の豊かな生活があるのだと訴えているように思う。
『キネマの玉手箱』の中で大林監督は倉本先生や山田太一先生の功績を讃えている。「枝葉的な技術よりも幹が大切」とは大林監督の言葉だが、倉本先生は「根っこの部分をしっかりつくり込まないといけない」とおっしゃっていた。まさに根幹が重要なのだ。
前作の「やすらぎの郷」は半年間の放送で、見終えたあとは“やすらぎロス”に陥った。 「やすらぎの刻~道」 は1年間の放送だったので倍以上の“やすらぎロス”に陥りそうだ。「道」は完結したが、「やすらぎ」の方は続編を期待したい。

大林宣彦氏プロフィール

1938年1月9日、広島県尾道市生まれ。映画作家。自主製作映画の先駆者としてCMディレクター、映画監督として活躍、“映像の魔術師”と称されている。1977年に『HOUSE/ハウス』で商業映画に進出。代表作は『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の“尾道三部作”、『この空の花―長岡花火物語』『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』の“大林的戦争三部作”など多数。2004年に紫綬褒章を受章、2009年に旭日小授章を受章、2019年の文化功労者に選ばれている。2016年8月に肺癌が判明、ステージ4まで進行しており「余命6カ月」、のちに「余命3カ月」と宣告されるが、抗癌剤治療が奏効し、現在は「余命は未定」。2020年4月に最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』が公開。

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