10年前の床屋さんで

2020/6/5/6:05

新型コロナ禍が始まって以来、ずっと床屋さんに行けてない。いや、5月末から外出するたびに床屋を覗くのだが、どこも長蛇の列、または予約待ちですぐに髪を切られる床屋が見つからず、待つのが苦手な性分のため「また次にします」とスルーしてしまう。
床屋さんといえば10年前に面白いエピソードがあったのを思い出した。
過去の自分のブログにその時のことが記されてあったので、ここに転載する。ユニコ舎とはまったく関係のないことなので、座興として読み流していただきたい。


きのうは床屋へ行ってきた。
筆者のあとに高らかな笑い声を上げながら、第二の人生を謳歌しているふうの御仁が入ってきて、筆者の隣の席に案内されてきた。常連かと思ったのだが、さにあらず。
「初めてなんだけど、明るい雰囲気の店だね」と理髪師に話しかける。
理髪師はそのことには答えず、目を細めながら「どのように切りましょうか?」。
「(菅原)文太みたいな角刈りにしてよ」
思わず吹き出しそうになった。その御仁は頭頂部に髪はない。薄くなった裾の部分の髪を長めに伸ばしていて、まるで角野卓造のようなのである。
理髪師もやはり面喰ったようだが、平静を装うように「スポーツ刈りですね」と言う。要は“角刈り”にはできないと暗に伝えたかったのだろう。
だが、御仁は「おお、それでいいよ。俺は髪が柔らかいから、立たないんだよ」
またしても吹き出しそうになる。髪が柔らかいとかではなく、そもそも、あなたには立たせる髪がないだろう、と思っていたところ、「これからの季節はバリカン刈りだね。暑くてかなわんからね」って、あなたの頭は既に十分涼しげではないか。

よく喋る御仁でいきなり理髪師に「あんた、間寛平に似てるね。よく言われるんじゃない?」。
初対面で寛平さんに似てると言われて嬉しい人は、まずいないだろう。理髪師は苦笑しながら「いえ」と答えた。しかし、鏡に映って見えた理髪師の顔は寛平さんにそっくりだから、こちらは笑いを堪えるのに必死であった。
しかも、御仁は「よく似てるよ。そういや、寛平は癌なんだってね。もうダメみたいじゃない」。
似せといて死なされたのではたまったものではない。が、理髪師は黙々とバリカンをあてていた。
「あんた、地元の人?」
「いえ」
「どこよ?」
「群馬です」
「群馬か~。なんもねえところだな。ガッハハ……」
まるで喧嘩を売っているようなのだが、どうも悪気があるようではなさそうだ。
どうやら歯に衣着せぬというか、思ったことが口から出てしまうタイプのよう。

おとなしくなったと思ったら、顔にタオルをのせられていた。
こちらはまだ調髪の段階で、いつの間にか追い抜かれてしまっていた。なにせ隣は少ない髪にバリカンをあてるだけで、しかも理髪師の手の動きも早い。
こちらが顔にタオルをのせられる頃に、御仁の理髪作業は終了。
御仁は会計するカウンターで料金表を見ながら、
「あ、ここシニア割引があるんだ。あらら、先に言わないといけないんだ」
理髪師が「見ればわかりますよ」と言い返したのは、さんざんっぱらの言われ放題のオツリみたいなものだったのかもしれない。


ちょうど10年前のことで、菅原文太さんは健在だったし、間寛平さんは癌を患っていたが、現在も存命である。
騒々しいが、愛嬌のあったあの客は今はどうしているのだろうか? ぼさぼさになった髪を掻きながら、そんなことを思い浮かべるのは、私も還暦を迎えたからかも。あんな御仁のようになってみたくもある。

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