まごころ

2021/1/31/7:22

『送別歌』の構成を担当した安木由美子さんからのメッセージが届きました。


まごころ

私はライターをしながら、「本とお茶ときどき手紙 草径庵」という小さなブックカフェをほそぼそと営んでいる。コロナに翻弄された2020年の草径庵は、営業日もメニューもぐんと減らして密を避け、ほとんど休業していた(もともと週3日営業ではあるけれど…)。
ところが不思議なもので、営業時間が少なくなったにもかかわらず、お客さんとの心の密は高まった。一人で来訪される方が多いのだが、顔見知りも見知らぬ同士も、互いに座る場所、滞在時間、会話の仕方に心を配ってくださったのである。そうしたなか、これまでにも増して会話の充実度が高くなり、いま考えていること、楽しい話題、ちょっとした嬉しい出来事、じっくり読んだ本のことなど、長さでは測れない豊かな時間が広がった。難しい話やオチのある話も不要、各人なりの率直な言葉は心に響くと知った。
草径庵の休業中の大半の時間は、ユニコ舎代表の工藤氏よりもたらされた仕事、俳優・宝田明さんの著書『送別歌』の構成作業に埋め尽くされて過ごした。私にとって工藤氏はライター業への道を用意してくれた師匠である。彼からの依頼は決して断らない(断れない)と心に決めている。こうして昨夏の暑い盛り、マスクをつけて電車に揺られ、師匠とユニコ舎の取締役で夢ラボ・図書館ネットワークというNPO法人の理事長である平川さんと共に宝田さんの事務所へ通い、お話をうかがった。
『送別歌』は、宝田さんの朝鮮生まれ満州育ちという生い立ちと、奇しくも「ゴジラ」の同級生として歩むことになった俳優人生での様々な経験をとおして昇華された、平和への願いを綴ったメッセージ集である。御年86歳ながら、往年の二枚目スターの風格は隠せない。紳士的でいて軽やかなお人柄は、悲惨な経験も可笑しみを交えて語り、思い出の歌をさらりと口ずさむ。
毎回、予定時間を超える熱い語りが続いた。長時間語ったあとは、立ち上がるのが少し、辛そうだった。時折、事務所の奥にそっと移動して酸素を吸って呼吸を整えている姿も見受けられたけれど、写真撮影のポージングは惚れ惚れするほどであった。
宝田さんからうかがった貴重な時代の証言と、今こそ思い出したい生き方、仕事の仕方、人に対する態度を語り継ぐべく、私たちは心から敬意を持って、制作に取り組んだ。私にとっては、初めての大作である。宝田さんと師匠のために、ない頭と筆力を振り絞って取り組んだ。師匠からは表現の仕方や文章構成について適切なアドバイスを受けた。書き直し、書き足し、宝田さんに追加でお話をうかがい、少しずつ形になっていった。
大詰めの編集作業になっても、ユニコ舎のおふたりの手を煩わせた。そんな私に丁寧に向き合ってくれた平川さんが「まごころ」という言葉がふとつぶやかれた。
ああ…、ひょっとしたら草径庵での会話も宝田さんの語りも、この言葉に要約されるのではないか。話すも聞くも「まごころ」なのではないかと気づいた。宝田さんが真摯に我々に語ってくださった言葉を受けとれるかどうかも「まごころ」なのだ。その人それぞれに織り込まれた人生のひだは深く、ときに悲しくも麗しい。それを聞くことができる、受け取ることができる豊かさを思った。このことはコロナ禍もそのあとも人間にとって変わらない事実だろう。
今年も世界は不穏な状況であり続けるかもしれない。それでも、心の密は高く、豊かに生きることはできる。この本を手に、私の心はそう微笑んだ。

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