暮らしの中の哲学エッセンス №23

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

『閑事 草径庵の日々』 は本日(11月24日)発売! 大型書店、オンライン書店にご購入いただけます。また、全国の書店でご注文いただけます。
「暮らしの中の哲学エッセンス」は連載終了のNo,32まで継続して当サイトにてリバイバル公開いたします。

『閑事 草径庵の日々』

背中で信じる

私の前に背を向けて立った息子が、まっすぐ膝も曲げずに、ストンと倒れ込んでくる。その背中を手の平で受け止める。幼稚園の頃、好んだ遊びのひとつ。声を上げて面白がり、次第に距離を広げて最後には「交代しよう」と言い出すけれど、私はその小さな手に倒れ込むことができない。すると息子は言った「ぼくを信じて」。
E・W・サイードは、悩みを突き抜けて歓喜に到れと高らかに歌い上げるベート-ヴェンの交響曲第9番を 「人間に賭けてみることは、どこかに価値があると言っているように響く」と評した。人間について私達が肯定的に語りたいようなことがそこにある、と。
信じるとはその対象を肯定する勇気である。先日、私と身長のかわらなくなった息子にやってみてと言うと、風が吹くようにすっと倒れてきた。ずいぶん重くなった背中で私を信じている。交代して私もやってみると、重力から解放されたようにふわり、心地よかった。
(『総国逍遥』2012年6月号)

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