暮らしの中の哲学エッセンス №22

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行(11月24日)記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

『閑事 草径庵の日々』

春とジャスミン茶

風は力強く、日差しは秘かな影をも容赦なくさらけ出す。のどかにみえて春はそんな顔も持つ。部活のない休日、なまあたたかいような声と眠たげな活気をまとって息子の友達が遊びに来た。友達と過ごす時間が何より楽しい年頃。最近息子がよく飲んでいるジャスミン茶をポットで出しておくと、帰り際、茶葉を分けてあげてほしいと言いにきた。甘くもなく渋みも少ないその味は食べ盛りの味覚に合うのか、息子の友達に好評らしい。
E・フロムは、物を所有することで充足する生き方を「持つ」様式と言い、それに対し物に執着せず、与え分かち合い、喜びあふれるしなやかな生き方を「ある」様式といった。体も味覚も育ち盛りの中学生、お酒や恋や人生の味を知る前の生身の彼らに、物ではなく人間経験にまみれて生きる日々を願う。夕暮れのぼうっとした春霞の中、ジャスミン茶の入った袋をぶら下げて、華奢な背中は坂道を帰って行った。
(『総国逍遥』2012年5月号)

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