暮らしの中の哲学エッセンス №30

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

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『閑事 草径庵の日々』

読む人

針と糸があれば、平面は曲線を描いて別の次元に生まれ変わる。布製品を作っている友人は、依頼主の望むものを、その人の姿形だけでなく、話す仕草や考え癖も糸にして布にのせ、形にしていく。先日彼女に暖簾を頼むと、どんな部屋に掛けたいのか、写真だけでなく文章も欲しいと言ってきた。
スピノザのレンズ磨きはよく知られた逸話だけれど、それで生計を立てていたかどうかより、「手で考える」人としての姿を思う。考えるとは思考が動くことであるならば、体を使わない思考は机の幅を超えることができないだろう。
暖簾が届いた。自分の手元を離れ依頼主のもとへいくと、製品は決まってシャンとした大人の顔になる、と友人は言う。暖簾を掛ける部屋のことや日々の暮らしのことを綴った私の文章から彼女が読み取ったものは、橙、黄緑、朽葉色の麻の組み合わせになって、さっぱりと仕上がっていた。手の人は、読む人でもあった。
(『総国逍遥』2013年1月号)

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