暮らしの中の哲学エッセンス №32(最終回)

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

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『閑事 草径庵の日々』

冬の午後

乾いた風の吹く1月の午後3時。車で自宅へ向かう街道沿い、立ち並ぶ家に西日が覆いかぶさるようにはりついている。信号待ちでふと見ると、小学校3年生くらいの男の子がひとり、塀にもたれて地べたに座っていた。右手で作ったひさしをおでこに当て、目を細めてまっすぐ西へ向く。光のカプセルに包まれて、一瞬が永遠のような時間の中に没頭しているその姿はどこか懐かしく、私は泣きそうになった。
スピノザは心の強いものはできるかぎり「正しく行動してそこに喜びを見出す」よう努力すると言った。正しい行動とは、ものごとを在りのままにとらえること、怒りや悲しみなど喜びの妨げになる感情を取り払うことだという。がっかりするような出来事のあったその日、窓から射し込む光の中で 「めげるな、私」と自分に声を掛けた。あの男の子のように、私の心の強さも光をいっばいに浴びながら満ちていく…そう感じながら。
(『総国逍遥』2013年3月号)

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