鶴橋康夫さんの訃報に接して

鶴橋康夫さんは恩人である。
それほど長いお付き合いがあったわけではない。
2017年3月、テレビ情報誌の編集長を務めていた私は映画「後妻業の女」の取材で鶴橋さんとお会いした。
もちろん仕事柄、鶴橋さんのお名前は存じていた。私が好きだった「永遠の仔」「砦なき者」「おやじの背中」などの名作を手がけた方である。取材前に鶴橋さんのプロフィールを調べていたスタッフが「へええ」と声を上げた。「どうしたの?」と聞くと、「鶴橋さんは工藤さんと同じ高校の出身なんですね」と言う。
あらためてプロフィールを確認すると「新潟県立村上高等学校卒業」とあった。私の先輩ではないか!

「後妻業の女」の取材時に私が鶴橋さんに「村高の後輩なんです」と挨拶をすると、作品の話などそっちのけで故郷の話で盛り上がってしまった。
実は私は高校卒業と同時に村上との縁が切れて、同窓会名簿にも「消息不明」と記されていた。
それが鶴橋さんと出会い、その会話から、私の中でかすかに残っていた故郷の風景が甦ったのである。それは私が村上を出てから30年を経てからのことであった。
このことをきっかけに東京に村上高等学校同窓会関東支部なる団体があることを知った。その総会で鶴橋さんと再会している。今では私は同窓会関東支部の事務局員を務めている。

鶴橋さんには「城下町であった故郷をヒントにした時代劇を計画している」とうかがったことがある。それが2018年公開の映画「のみとり侍」であった。

一方、私は2020年に出版社を起業した。大林宣彦さん、宝田明さんの著書を手がけ、いつか鶴橋さんの本を出したいと心に期して仕事を続けてきた。鶴橋さんには新刊を出すと献本してきたが、そのたびにお礼状をいただいている。

2022年9月にいただいたお手紙を紹介しよう。

工藤兄
近くから遠くから、いつの間にか秋です。
コロナ、ウクライナ、災害、政治家…のテレビにホンロウされている間に貴兄から「送別歌」がおくられてきました。感謝です。貴兄に励まされ、小生も次回作のロケハンをはじめました。
いつかきっと、ゆっくり話をしたいです。お体大切に! 鶴橋

そのお手紙には新聞のコラム記事も同封され、そこには「あと七本は撮る」と記されていた。
鶴橋さんの訃報は私にとってはあってはならないことであった。鶴橋さんの本を出すという夢が砕け散ったのである。痛恨の極みではあるが、いちばん残念だったのは鶴橋さんご自身かもしれない。

高校卒業後、根なし草で生きてきた私に故郷という根っこを思い出させてくれた鶴橋さん。
心より感謝するともに、ご冥福をお祈り申し上げる。

ユニコ舎・前代表 工藤尚廣

2018年6月開催の村上高校同窓会関東支部総会で登壇された鶴橋康夫さん(撮影:丹田安夫)
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