暮らしの中の哲学エッセンス №8

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行(11月24日)記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

『閑事 草径庵の日々』

夜中の洗濯物

野田に住む友人は家族の寝静まったあと、ひとり洗濯物をたたむ時間が好きだと言う。「幸せだなあと思うのよ」。5人家族、昼間は仕事もしている。にぎやかな家の中はいつも片付かない。泊まりに行った晩遅く、彼女は洗濯物のバスケットを引き寄せ、すらすらたたみながら何気なく言った。散らかった夜中の部屋で、そこだけすっきり清々しかった。
先週、彼女のお母さんが急死した。体調を崩してからわずか1週間。祖父母に育てられたひとりっ子の彼女は、長い断絶と数年前の和解を経て、静かに母親を看取った。
穏やかな文面の知らせが届いた夜、洗濯物をたたむ彼女の姿を思った。そして、真なるもののうちにしか心の平和を得ることはできない、というスピノザの言葉がその姿に重なるようにふと心に浮かんだ。
(『総国逍遥』2011年3月号)

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