暮らしの中の哲学エッセンス №12

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行(11月24日)記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

『閑事 草径庵の日々』

割ぽう着のひと

「一人目は実験、二人目は練習、三人目が本番」との言葉に全員がぽかんとして笑った。今から10年ほど前、幼稚園の保護者会の自己紹介で、大阪出身の彼女はやわらかな声を声で言い、その「本番」を連れて入園してきた。バドミントンが趣味でいつもスポーツウェア姿なのに、私の目に浮かぶ彼女はなぜか割ぽう着姿。3人の子どもをのんびり育てるその様子は、ふっくらと丸い体を割ぽう着にくるんだちょっと昔のお母さんといったふうなのだ
先日久しぶりに会うと、子供が皆独立したら家の軒先でたこ焼き屋をやりたいと言う。気づけば「本番」の息子も中学生。お互いにそろそろ子育て後の自分の生き方を考える時期が来ている。「家庭の数だけ実験は繰り返される」と吉本隆明も書いていたけれど、子育ては正解のない長い実験かもしれない。数年後、彼女の割ぽう着姿は現実になりそうで、自分の見る目にちょっと嬉しくなる再会だった。
(『総国逍遥』2011年7月号)

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