暮らしの中の哲学エッセンス №15

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行(11月24日)記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

『閑事 草径庵の日々』

無口なドライブ

小学生の頃、家族でよくドライブをした。さらりとした風の今頃は、富津へ海を見に行った。「大丈夫?」と母は振り返って私と妹に声を掛け、「やけにおとなしいなあ」と父はバックミラー越しに笑った。私達は車に乗ると決まっておとなしかった。流れゆく景色の中に、別の日常を見るようで、私はじっとそれを追っていた気がする。運転を楽しむ父の横で母はウトウトし、子ども達は窓の外を黙々と眺める。そこには家族4人が思い思いに過ごす穏やかな沈黙があった。
今でも、息子を塾に送るタ暮れの信号待ちの時などにふとあの頃の無ロな気分がよみがえる。気付けば後部座席の息子も黙って窓の外を眺めている。ウィトゲンシュタインは、語りえぬものについては沈黙せねばならない、と言ったけれど、ざわついた日常の中でこんな風に訪れる沈黙は、心のくもりをちょっとだけ晴らしてくれる。私は、バックミラー越しに黙って微笑んだ。
(『総国逍遥』2011年10月号)

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