暮らしの中の哲学エッセンス №21

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行(11月24日)記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

『閑事 草径庵の日々』

誰かの笑顔

夕暮れの駅前、ゆるい風。改札を出てバス乗り場の列に向かって歩いていると、左肩をトントンと軽くたたかれた。振り返ると、目の前に見知らぬ50代くらいの女の人の満面の笑み。誰だろうと思った瞬間、「あら、ごめんなさい。よく似てて…」と、笑顔に驚きを重ねた顔して、その人は人波に紛れるように去っていった。ぽかんとしつつも、あの笑顔を受け取る「私に似た人」とあの人はいい関係なのだろうなあと思えたりして、笑顔のお裾分けに私の気持ちは和らいだ。
子どもの頃から、八重歯のある口元と細い眼が笑顔に見えるらしく、いつもにこにこしていると言われ嫌だった。つい最近、「素の顔が笑顔の人はいいね」と思いがけず人から言われた。誰かの笑顔が見知らぬ人に届くこともある。目尻のシワも加わって、ますます私の素顔は笑顔になっているのかも。くたびれた顔が並ぶ夕方のバスの中、私は星浮かび始めた空を見上げた。
(『総国逍遥』2012年4月号)

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