暮らしの中の哲学エッセンス №28

安木由美子著『閑事 草径庵の日々』刊行記念に安木さんがかつて千葉県の新聞販売会社が発行していた文学通信紙『総国(ふさのくに)逍遥』(2010年7月~2013年2月)で連載していたミニコラム「暮らしの中の哲学エッセンス」をリバイバル公開。『閑事 草径庵』以前の安木さんの人生哲学の一端に触れられる特別連載です。(毎日更新中!)

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『閑事 草径庵の日々』

小さな言葉

お母さんにだって夢や目標がある。ぽっかり仕事が休みになった日、慌しく学校へ行く息子に「今日は家にいるからね」と朝の玄関で声を掛けると、「やった」と小さく言い、「行ってきます」と飛び出して行った。私が家にいたところで中学生の息子と一緒に何かするわけでもないけれど、とっさの小さな「やった」という言葉に、食卓で向かい合って聞く話より、今の息子が見える気がした。
ソルジェニーツィンの短編『マトリョーナの家』に「自分の良心と仲違いしていない人の横顔はいつ見ても美しい」という一文がある。自分の心にまっすぐ向き合うことは、時には孤立や誤解を生む。けれど、何かのために自分の心の声に耳をふさぎ、ぞんざいにやり過ごすことは悲しい。大事なことは、小さな言葉にひっそりと隠されている。夕方、おやつの大学芋をいとも簡単に平らげた息子はソファで寝てしまい、窓の外はすっかり夕闇に包まれていた。
(『総国逍遥』2012年11月号)

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