最後の舞台挨拶のテープ起こし、そんな本でした

2020/5/24/5:26

ユニコ舎を応援してくださっている兵庫県姫路市のKさんが、大林映画世代のご友人に『キネマの玉手箱』を紹介。ご友人の感想が届きましたので、ここに掲載させていただきます。ありがとうございました。


本、やっと読み終えました~。
大林宣彦監督は「反戦映画監督」だったのか~知らなんだ(笑)。
考えてみたら大林監督=尾道って思いがちだけど、決してそうではなくて、尾道三部作、新尾道三部作は監督作品のごく一部分でしかないんやもんね。
尾道で撮った映画は監督自身の「傷ましくも輝かしい青春」を切り取った作品で、だから監督にとっても、ファンにとっても特別なんやろうね。
『ふたり』の後が『青春デンデケデケデケ』。これは尾道が舞台じゃないけど対岸の観音寺が舞台で、ストーリーからテンポから音楽から、全てサイコーだった♪
監督のそういう作品しか知らなかったから、監督は青春映画を撮る人だ!と思い込んでたんやけど、その次の『はるか、ノスタルジィ』はピンと来なかった。なんとなく鬱々とした作品で共感できんかったな。寒い小樽が舞台だったからかな。
だから「俺は尾道を撮る監督が好きなんであって、監督の作風自体が好きなわけじゃないんやろか」と思ってしまったところがあって、新しい作品には興味が沸かず、新旧尾道三部作ばっかり観てたその後の二十数年でした。
そして時が過ぎ…久しぶりに観た作品が、キャストに「井上ヒロキ、井上(橘)百合子がクレジットされてる!」という理由で観た『野のなななのか』でした。これは正直に言うと、とても長くて、難解で、カオスな作品だった。
家族、反戦、情愛、生死…色んな要素がてんこ盛り過ぎて、一回見ただけでは咀嚼不能。大林監督も巨匠と呼ばれるようになって、興行収入なんて気にせずに、自主制作映画の監督のような、「分かる人に分かってもらえれば良い」的な監督になっちゃったんやなぁと、正直残念に思った。もう青春映画は撮ってくれないのかと。
その次の『花筐/HANAGATAMI』も正に反戦映画やろ。大林監督、どうしちゃったのかな、反戦ばっかり叫んで。何が監督を反戦に傾斜させてしまっんやろなぁと。

その答えがこの本にはあったね。

戦争三部作は尾道三部作で名声を得た監督だからこそ撮れた映画であって、平成の時代にあんな難しくて暗いテーマを、ポッと出のそこらの監督には絶対撮れないし、見向きもされないもんね。大林監督だからこそ撮れたんだし、観客にも観てもらえる、メッセージを伝えられる。
大林監督は戦争三部作を撮るために今まで頑張ってきたんやろな。
最後の最後に本当に撮りたかったテーマというか後世へのメッセージとして残しておきたい作品を撮ったんやなと。そういうことがこの本を読んで分かったよ。
「うかつだった」という言葉に晩年の監督のテーマが集約されてると思う。
大林監督は決して最初から反戦映画監督だったわけではなくて、「うかつだった」ことへの反省を込めて反戦映画監督に転向したんだと思うな。

尾道映画祭で聞けるはずだった大林監督の舞台挨拶。でも、きっと舞台挨拶の限られた時間ではごくごく一部しか語れなかった言葉を、この本で思う存分聞かせてもらえた。
最後の舞台挨拶のテープ起こし、そんな本でした。

さて、『海辺の映画館―キネマの玉手箱 』。タイトルからして、監督自身も遺作になる覚悟があったんやろうな。
きっと青春もロマンスも反戦もごちゃまぜの玉手箱みたいな作品なんやろうな。本当に公開が楽しみやね。

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